感謝してます
今日は、ずいぶん昔のことなのに
今でも忘れられない、ちょっと不思議な出来事をご紹介します
舞台は、フランスのパリ郊外
ヨーロッパの街を巡っていた頃のお話です♪
旅先では、見慣れない街並みや
日本とは少し違う暮らしの風景に出会うことがあります
でも、あとになって思い出すのは
必ずしも有名な観光名所や、特別な出来事ばかりではありません
何気なく目にした、街の人たちの日常
ほんの一瞬、すれ違った誰かの姿が
不思議なくらい心に残ることもあるんですね
わたしにも、そんな忘れられない光景がひとつあります
それは、パリ郊外で見かけた
ひとりの少年の姿でした
★一瞬で心を奪われた少年
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
ある日のことです
自転車に乗って颯爽と走り去る少年を見かけました
日本でいうところの、中高生くらいの男の子で
ごく普通の少年だったと思います
ところが、その出で立ちに、思わず目を奪われてしまいました
背負っていたバックパックの片側には
1.5リットルのペットボトル
そして、もう片側には....
なんと、バゲット(フランスパン)が丸ごと1本!
40〜50cmはあったかな?!
袋にも入れず、無造作に差し込まれていたんです(笑)
バックパックの左右から
ペットボトルとバゲットが顔を出している
その姿が、なんとも絶妙なバランスで
潔いというか、格好いいというか
妙に美しかったんですよね〜♪
ほんの一瞬の出来事だったのに
その光景は、今でも鮮明に覚えています
★当たり前って、何だろう?
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
後日、フランスの友達に話してみると
そんなの、ごく普通のことだそうです
へぇ〜〜〜〜!
わたしにとっては、ちょっとしたカルチャーショックでした
日本で育ったわたしの感覚では
パンは袋や包装紙に包んで持ち歩くもの
食べ物をむき出しのまま、バックパックに差し込むなんて
ちょっとありえないことでした
シャネルのバッグから、ネギが飛び出ているくらいの衝撃だったかも(笑)
でも、よく考えてみれば
日本の学校遠足では、おにぎりと水筒を持っていくこともありますよね
個人的には梅干しのおにぎりが大好きです(^0^)
バゲットとミネラルウォーター
おにぎりと水筒
形は違っても、案外似たようなものなのかもしれません
もしかしたら、あのバックパックの中には
リンゴが丸ごと1個くらい入っていたのかな?!
なんて、勝手に想像までしてしまいます♪
★常識・美意識・合理性
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
さて、ここで少し考えてみたいことがあります
なぜ、わたしはあの少年の姿に
あれほど惹きつけられたのでしょう?
あとになって振り返ってみると
常識・美意識・合理性という
3つのものさしが浮かんできました
まずは、常識ですが
日本では珍しく感じる持ち運び方も
フランスの友達にとっては、ごく普通のこと
同じ光景でも、育った環境によって
当たり前の基準が違うんですね
次に、美意識
バックパックからパンが突き出している姿を
不格好だと感じる人もいるかもしれません
ところが、わたしには
驚くほど格好よく、美しく映りました
侍の二刀流を彷彿とさせるような感じかな?!
何を美しいと感じるかも、人それぞれなんですね
そして、合理性
パンを包装することには、衛生面での利点があります
一方、包装せずに持ち運ぶことには
手間が少なく、簡便であるという利点もあります
何を重視するかによって
合理的だと感じる選択も変わってくるのでしょう
しかも、あの少年のバックパックは
左右の収まりまで絶妙でした!(笑)
こうして考えてみると
同じ出来事でも、どのものさしを使うかによって
見え方がずいぶん変わるものですね
でも、ここでひとつ
大切なことに気づきました
わたしがあの光景に驚いたのは
こうした理由を考えるよりも、ずっと前のことでした
美しいと判断したから、心を奪われたのではなく
心を奪われたあとで、その理由を考えている
どうやら、頭で考えるより先に
心が動いていたようなんです(^0^)
そして、もうひとつ
ものさしは、物事を理解したり
何かを選んだりするために役立ちます
でも、自分の常識で理解できないからといって
相手が間違っているとは限りません
自分の美意識に合わないからといって
その人の美しさが失われるわけでもありません
自分には不合理に見えることにも
相手なりの事情や理由があるのかもしれない
自分のものさしを持つことと
そのものさしで相手の価値まで決めることは
まったく別の話なんです
そう考えているうちに
斎藤一人さんの、ある言葉が思い浮かびました
★我もいいけど、人もいい
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一人さんは、悟りの話の中で
「我もいいけど、人もいい」
と教えてくださいます
この言葉は、何とも優しい響きがありますよね♪
でも、よく考えてみると
なかなか奥の深い言葉でもあります(深さ40cm(笑))
我もいい
つまり、自分を否定しなくていい
人もいい
自分と違う相手も否定しなくていい
どちらか一方を正しいことにするために
もう一方を間違いにする必要はないんです
日本のおにぎりもいい
フランスのバゲットもいい
丁寧に包むのもいい
気軽に持ち運ぶのもいい
大切なのは、違いを見つけた瞬間に
相手を否定する必要はないということです
もちろん、衛生上の配慮が必要な場面もあります
でも、それと相手の価値を決めつけることは別の話ですよね
ところが、わたしたちは時として
自分の慣れ親しんだやり方を
唯一の正しさだと思い込んでしまうことがあります
こうするのが普通
こうするのが正しい
こうでなければならない
その考えが強くなるほど
自分とは違う人が、間違っているように見えてしまいます
でも、相手のやり方を知ると
へぇ〜、そんな考え方もあるんだ!
と、新しい発見につながることもあります
相手には、自分にないよさがある
そう思えたら、今度は
その人のことを、もっと知りたくなりますよね♪
★悟りとは、差をとること
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一人さんは
「悟りとは、差をとること」
と教えてくださいます
差をとる
何ともシンプルな表現ですよね
でも、これは
世の中の違いをなくしてしまうことではないと思うんです
人には、それぞれ個性があります
得意なことも、歩んできた道も違います
その違いに、余計な優劣をつけてしまうと
いつの間にか、心の中に境界線ができてしまいます
自分の方が上だ
相手の方が下だ
あるいは、自分は人より劣っている
そんな境界線を取り払うことが
差をとるという教えの大切なところではないでしょうか
ただ、差をとることは
努力や向上心を手放すことではありません
できなかったことを、できるようにする
知らなかったことを、学ぶ
昨日よりも、よい仕事をする
誰かに喜んでもらえるように、工夫する
そうした成長や競争まで
なくす必要はないんですね
仕事であれば、成果を比較する必要もあるでしょう
競争するからこそ、磨かれる技術もあります
ただ、その結果によって
人間そのものの価値まで決まるわけではありません
比較するのは成果や技術であって
人間としての存在価値ではない
ここを取り違えないことが大切なんですね
自分を認めることと
自分の成長を止めることは違います
今の自分を認めたうえで
もっとよくなろうとする
今が最高
そして、今が最低
これまでの自分史上、今が最高であり
これからの自分には、まだまだ伸びしろがある
そんなふうに考えると
成長すること自体が、楽しくなってきますね♪
そして、一人さんは
自分や身近な人への愛だけでなく
人類、自然、宇宙へと
愛を広げていくことも語られています
自分を大切にする
家族や友達を大切にする
自分とは違う考え方の人も大切にする
そこには、相手を自分と同じに変えようとするのではなく
違うままの相手を尊重するという
大きな優しさがあるように感じます
差をとるということは
違いをなくすことではなく
違いによって生まれる心の隔たりを
少しずつ取り払っていくことなのかもしれません(^_^)v
★悟りは、毎日の暮らしの中に
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ところで、悟りという言葉を聞くと
何か特別な修行をした人だけが
たどり着ける境地のように感じるかもしれません
でも、一人さんは
当たり前のことに気づく大切さも教えてくださいます
当たり前のことが分かる
簡単なようで、案外難しいことですよね
例えば、朝ちゃんと目が覚める
蛇口をひねれば、水が出る
どれも当たり前すぎて
ふだんは、ありがたいとも思いませんよね
ないものばかり数えるのではなく
すでにあるものにも気づいてみる
すると、何でもないと思っていた毎日の中にも
案外たくさんの幸せが見つかるのかもしれません
だからといって
もっと豊かになりたい
もっと上手になりたい
そんな願いや向上心を手放す必要はありません
今を楽しみながら
もっとよい明日をつくっていけばいいんですよ(^_-)b
そして、一人さんは
小さな悟りを積み重ねることの大切さもお話しされています
誰かに笑顔で接する
感謝の言葉を伝える
相手の気持ちを考えてみる
目の前の仕事に、もうひと工夫してみる
そんな小さなことでも
実践してみると、新しい気づきが生まれます
昨日までは気づかなかったことに
今日、気づく
そして、その気づきが次の行動を変えていく
悟りって、何か特別なことを知るだけではなく
毎日の暮らしの中で
少しずつ育てていけるものなのかもしれませんね♪
★悟りの先は、もっと優しい
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
そして、もうひとつ
一人さんのお話を聞いていて
大切だなぁと感じることがあります
それは、自分が幸せになるだけでなく
その幸せを、人様にも広げていくことです
自分の心が穏やかになった
自分が幸せになった
それは、とてもすばらしいことですよね♪
でも、目の前で困っている人がいたら
何かできることはないかな?
そんなふうに考えてみるのも、いいものです
千手観音には、千の手がありますよね
その千の手は、ただ教えを説くためだけのものではなく
人々を救い、さまざまな願いに応えるためのものです
わたしたちも、一度くらいうまくいかなかったからといって
そこでめげてしまうのではなく
あらゆる方法を考え、手を尽くしてみる
実はわたしも、お店では毎日が千手観音のようになっています(笑)
同じことを伝えるのでも
お客様によって、伝わる言葉はまったく違いますし
スタッフですら伝わらないときがあります
相手の分かる言葉にかみ砕いて
あの手、この手で、伝わるまで工夫する
それが、わたしの毎日の「千手間の行」なんです♪
もちろん、ただ同じことを繰り返せばいいわけではありません
うまくいかなかった理由を考え
やり方を変え、工夫を重ねていく
改良千回成功に至る
何とも心強い言葉ですよね♪
相手を大切にするというのは
案外、手間のかかることなのかもしれません
でも、その手間を惜しまないところに
本当の優しさがあるように思うんです
自分と相手は違う
だから、分かり合えなくても仕方がない
そこで終わるのではなく
違うからこそ、相手を知ろうとする
違うからこそ、何ができるか考えてみる
そして、できることから行動してみる
それもまた、「差をとる」ことにつながるのかもしれません
自分が学んだことで、誰かが助かる
自分の工夫で、誰かが喜んでくれる
その喜びが、また自分の幸せになる
そんなふうに
自分の幸せと、相手の幸せが重なっていく
悟りの先は、もっと優しい
わたしには、そんなふうに感じられるんです
★あの日の少年が教えてくれたこと
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
こうして悟りについて考えていると
あの日の出来事が
以前とは少し違って見えてきます
わたしがあの少年を忘れられないのは
彼が何か特別なことをしたからではありません
何か立派な教えを語ってくれたわけでもありません
ただ、自転車に乗って
わたしの目の前を通り過ぎただけです
それでも、その姿は
何年も経った今なお
わたしに新しいことを考えさせてくれます
少年は、何も語りませんでした
でも、わたしは勝手に感動し
勝手に考え
こうして皆様にお話ししています(笑)
考えてみれば、人生とは
そんな出会いの積み重ねなのかもしれませんね♪
自分では何でもないと思っていた行動が
知らないうちに、誰かを喜ばせていることもある
そして、誰かの何気ない姿が
自分にとって、ずっと心に残ることもある
だからこそ
自分は自分らしく
相手は相手らしく
それぞれが、今日を精いっぱい楽しむ
そして、誰かのためにできることがあれば
惜しまず、知恵を使ってみる
昨日よりも、少し優しく
昨日よりも、少し賢く
昨日よりも、少し誰かを喜ばせられる自分になる
そんな毎日を重ねていけたら
明日は、今日よりもっと楽しみになりますよね♪
そうそう
あの少年は、いったいどこへ向かっていたのでしょう?
もしかすると、お母さんに頼まれたバゲットを買って
帰る途中だっただけかもしれません(笑)
もちろん、本当のところはわかりません
ただ、そんな何気ない日常の一場面が
わたしにとっては、忘れられない宝物になりました
あの日のパリ郊外
自転車で颯爽と走り去る、ひとりの少年
バックパックの片側には、1.5リットルのペットボトル
もう片側には、袋にも入っていない、丸ごと1本のバゲット
何とも無造作で
何とも自由で
何とも美しい
思えば、あの日
わたしの心は、ものさしを取り出すより先に動いていました
差をとって、もしかすると
あの瞬間の心のことなのかもしれませんね
少年は、そのまま走り去っていきました
名前も知らない少年です
きっと、わたしのことなど知る由もありません
それでも、あの一瞬は
今も、わたしの心の中で生き続けています
毎日が、ごく普通に史上最高の一日
だんだんよくなる 未来は明るい
All is well.
感謝してます
